カテゴリー「昭和レトロ」の5件の記事

2013年3月30日 (土)

カレーの店「ナイアガラ」

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東横線祐天寺駅の近くにあった名物カレー屋さん。とても美味しいので合唱の練習の前にたまに寄っていたお店だったが、無くなってしまったのでどうしたのかな、と思っていた。今日練習場に行く途中中目黒から祐天寺に向かって歩いていたら、住宅地の一角に偶然お店を見つけた。人通りの少ない目立たない所に移転していた。何が名物かというと、このお店鉄道ファンにはたまらない。店のショウウィンドウにSL「デコイチ」プレート、入口の脇には踏切の警報器などが置かれてある。

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店の入り口のドアはブルートレインの本物のドアが設置されていてる拘りようである。迷わずお店に入った。

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店内には、ホウロウ製の駅名板、SLのプレート、客車の天井にあった扇風機、網棚、など鉄道コレクションでいっぱい!座席も客車の本物のボックスシートを使っている。移転前のお店と変わらないが、以前のお店よりだいぶ狭くなっていた。4人掛けのボックス席が3つとカウンター3席の15席程になっていた。

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注文したカレーはSL模型が運んでくるところも、以前のお店と変わっていなかった。


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2013年2月 2日 (土)

江戸東京たてもの園

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20年位前までは、「武蔵野郷土館」で、原始、古代から近現代にいたる武蔵野の生い立ちをテーマした博物館であった。屋外には竪穴式住居などの再現など展示されていた。
1993年からは江戸東京博物館の分館として敷地面積7ヘクタールを擁する「江戸東京たてもの園」を建設し、歴史的建造物を移築し、復元、保存、展示されてある。


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<田園調布の家> 大正14年田園調布に建てられた住宅で、当時としては珍しく全室洋間となっている。屋根が瓦葺の和洋折衷な建物。


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<常盤台写真場> 昭和12年、常盤台に建てられた写真館。


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<ボンネットバス> 子供の頃乗った記憶がある。


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<都電> 子供の頃は東京は主要道路に路面電車の路線が沢山あり、交通手段として欠かせなかった。現在は地下鉄に変わっている。この車両は渋谷から新橋まで走っていた。


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<三省堂(文具店)と花市生花店> 三省堂は明治初期に創業した文具店で、震災後建てられた。前面がタイル貼りになっている。花市生花店は昭和初期に建てられた。


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<大和屋本店(乾物屋)> 昭和初期に建てられた木造3階建ての商店。


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<小寺醤油店> 大正期から味噌、醤油、酒類を売っていた。


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<万徳旅館> 青梅市の青梅街道沿いにあった旅館。


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<子宝湯> 東京にはこのような建築の銭湯がたくさんあった。東京では風呂屋とか湯屋と言っていた。


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<脱衣場> 竹で編んだ脱衣籠があった。


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<番台> 男湯と女湯の境目の番台。テレビドラマ「時間ですよ」で風呂屋のおかみさん役の森光子さんが番台に座っていたシーンを思い出す。


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<富士山の絵> 何故か風呂屋の壁には富士山の絵が描かれてあった。


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<鍵屋(居酒屋)> 台東区下谷にあった居酒屋。


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<鍵屋内部> 若い頃、こんな居酒屋で酒をのんだ記憶がある。コの字型にカウンターがあり、真ん中に女将が座って、安酒の燗酒をつける姿が目に浮かぶ。


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<建物の裏路地> こんな景色もあった。懐かしい光景。子供の頃こんな路地裏でめんこやベーゴマをして遊んだ。


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<万世橋交番> 派出所といえばこんな感じだった。そういえば万世橋の脇にこの交番があったような記憶がある。


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<高橋是清邸> 赤坂にあった是清の豪邸。庭園の一部も復元されてある。

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2012年3月17日 (土)

アポロ11号月面着陸

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1969年7月21日人類初の月面着陸したアメリカのアポロ11号の映像がテレビで放映された。アームストロング船長の月に立った第一声「この一歩は小さいが、人類にとって大きな一歩である」は有名である。月面と地球との交信の録音のレコード「人類ついに月に立つ~アポロ11号からのメッセージ」が手元にある。レコード盤に非売品となっているので、レコード店で別のレコードを買った時におまけで貰ったものようだ。

1961年にはソ連のボストーク1号で人類初の宇宙飛行をしたガガーリンの宇宙船から地球を見て「地球は青かった」という言葉も有名である。

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2012年3月15日 (木)

東京オリンピックマーチ

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私の元にあった「オリンピックマーチ」のレコードのジャケット。オリンピックマーチ、ファンファーレなどが録音されている。

ロンドン五輪までもうすぐとなり、先日はマラソン代表が決まり、昨日はサッカーのU23の出場が決まり、五輪ムードも上がってきているが、馬術の代表になった法華津寛選手はなんと最高齢の71歳とのこと。法華津選手は48年前(1964年)の東京オリンピックにも出場しているというから驚きである。

東京オリンピックは私が高校2年生の時で、高校の近くの甲州街道でマラソンを見に行ったことを思い出す。裸足で走るアベベの姿は今でも脳裡に鮮明に焼き付いている。

今はオリンピックの開会式は野外ショウのような華やかな演出で、入場行進もバラバラで、カメラで写真を取りながら行進している選手もいたりしますが、東京五輪の開会式は厳かなものだった。古関裕裕而作曲「オリンピックマーチ」に合わせて一糸乱れぬ行進はシンプルではあるが、スポーツの祭典の幕開けにふさわしいものであったと思う。

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2012年3月 9日 (金)

夜明けのスキャット

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現在由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」が全米で大ヒットしていますが、元々この曲は43年前の1969年(昭和44年)3月10日に発売されたシングル盤で、当時もファーストコーラスが歌詞がなく全てスキャットで話題になり、150万枚のミリオンセラーとなったレコードです。


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レコード盤は直径17㎝のドーナツ盤で回転数45回/分、片面1曲3分位、両面で2曲で400円。当時私は大学3年生で、喫茶店のコーヒーが80円位、学食のカレーが50円位だったので、シングル盤のレコードが400円というのは、当時としてはかなり高価だったのではないかと思う。LP盤が当時でも2000円前後していたので、レコード、CDの値段は現在も40年前と変わっていないことになります。

43年前の「夜明けのスキャット」シングル盤が我が家にあった。このレコード価値があるのかな?

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